「私にとっては地獄のような日々でした」武井謙介が感じたFC東京U-18での3年間|ATHLETE LIVE

FC東京U-18出身者で現在は指導者・プロコーチとして活躍している武井謙介さんのインタビュー記事が公開されています。FC東京加入、挫折、そして現在の礎を築いた内容が書かれていますので、その中からFC東京U-18に関連する箇所のみだけ紹介します。

「ロナウジーニョ選手に憧れて、プロを目指そうと決意しました」

日韓W杯の影響でプロ入りを目指したという武井謙介さん。小学校年代を鶴牧サッカークラブジュニアで過ごしてFC東京U-15むさしに加入しました。

ーー幼少期からエリート街道を歩んでいたんですね。プロサッカー選手を意識しだしたのはいつ頃からだったのでしょうか?

小学校2年生の時にはプロサッカー選手になろうと決めていました。そのきっかけは、日本で行われたFIFAワールドカップ2002日韓大会でした。もちろん日本代表チームを応援していましたが、僕はその時にテレビで観たプラジル代表のロナウジーニョ選手に憧れて、プロを目指そうと決意しました。中学生に上がる頃には、いくつかのクラブに声をかけていただいた中で、FC東京の下部組織に入団しました。その頃は世代別の日本代表にも選出され、現在日本代表の中島翔哉選手や昨シーズンJリーグで優勝した横浜Fマリノスのキャプテン・喜田拓也選手らとも一緒にプレーしていました。

引用元:ATHLETE LIVE
プレイヤーを支える側へ。プロコーチ・武井謙介が大切にする心のあり方
https://athlete-live.com/interview/kensuke_takei/

「実はFC東京U-18では、公式戦には1分も出場していないんですよ」

高校年代となるFC東京U-18時代は「大きな挫折」と表現されていました。ただ、その挫折を分析して現在の財産にされているようです。挫折を経験して、自身の力で道を切り開いた人は強さを感じます。

ーーそのままエリート街道を突き進むことができたのでしょうか?

いえ、高校時代に大きな挫折を経験しました。実はFC東京U-18では、公式戦には1分も出場していないんですよ。その3年間は私にとっては地獄のような日々でした。ただ練習をこなすだけの毎日で、公式戦のメンバー発表の時はいつも上の空。この頃は、多感な時期だったこともあり、過去に世代別の日本代表に選ばれていたことや、10番を背負って戦っていたというプライドが邪魔をして、努力することを怠っていました。うまくいかないことを監督のせいにしたり、環境のせいにして、周囲の評価から逃げていたのだと思います。

ーー当時の自分にアドバイスできるとしたらどんなアドバイスをしますか?

言いたいことだらけですが、まずは無駄なプライドは捨てて、コーチや外部の成功している大人を頼るようにアドバイスをしていると思います。そして「不貞腐れている時間があったらとにかく行動し、いまという時間を大切にしなさい」と伝えたいですね。もしもあの時に「正しい努力」をしていればプロサッカー選手という夢は実現できたかもしれませんし、そんな経験をしたからこそ、今はそれをクライアントに伝えながら、共に成長していきたいと考えています。

引用元:ATHLETE LIVE
プレイヤーを支える側へ。プロコーチ・武井謙介が大切にする心のあり方
https://athlete-live.com/interview/kensuke_takei/

ーー高校時代に挫折を経験しながらも、北陸大学へ進学してサッカーを続けたのはなぜでしょうか?

いくらJリーグの下部組織に所属していても、試合に出場していなければ、その先の進路もなかなか決まりません。当時の私は全く試合に出ていない状況でしたので、たくさんの選択肢があるわけではありませんでした。そんな中で、私に熱心に声をかけてくださった北陸大学に進学してサッカーを続けることにしました。のちに入学してみてわかったのですが、サッカーの環境は全国でも5本の指に入るほど整備された大学で、結果的にこの選択がその後の私の人生に大きな影響を与えることになりました。

引用元:ATHLETE LIVE
プレイヤーを支える側へ。プロコーチ・武井謙介が大切にする心のあり方
https://athlete-live.com/interview/kensuke_takei/

読み応えのある記事ですので、ぜひ原文を読んでみてください!武井謙介さんの良さを知ってより応援したくなるような記事でした!

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