李忠成「プロは夢物語だった。死に物狂いでやれば何か必ずついてくる」|ENEOS Presents TOKYO PLAYER INTERVIEWS 第10回

FC東京U-18出身者で今季FC東京に復帰した李忠成選手がFC東京オフィシャルWEB動画 「ENEOS Presents TOKYO PLAYER INTERVIEWS」に登場しています。

FC東京U-18で戦っている時に考えていたこと。トップチーム昇格直後の挫折。FC東京復帰後のゴール。現在背負っている背番号11。ワールドカップ出場を目指す現在、そして自身と日本代表に必要なこと・・などなど、FC東京U-18ファンも必見のボリューム満載なインタビューでした!

TOKYO PLAYER INTERVIEWS #10 李忠成

インタビュー書き起こし

ーー 2004年トップチーム昇格
自分達の場合は常に崖っぷちというか、高校3年間終わった時に大学の進路どこに進むとか・・どこも進めなかったし、自分達がクラブユースで優勝してから大学の目に留まる・・で、もっとよければプロに上がるっていう。
プロなんて夢物語だったんで、そんな舐めてほしくないし、気持ち入れてやれば・・俺だって全然そんなうまくなかったし、やっぱ梶山(陽平)とか凄くうまかったし・・気持ちと、あと運と努力と死に物狂いでやれば何か必ずついてくるから、プロに上がれなくても理不尽なことを社会に出てから言われてもめげずに俺はやってやるとか。そういう力が湧くと思うので死に物狂いでやってほしいですね。

ーー 昇格直後、トップチームでは結果を出せず
やってやるぞという気持ちはありましたけど、終わりましたね。あまりにもリスペクトしすぎたというか、プロの選手を。普通の人として見れなかったところはありますね。それが大きくて、サッカーしていてもうまくいかなくて・・っていうね。やっぱサッカーはうまくいかなきゃ楽しくないですね。サッカーした(始めた)時から・・幼稚園年中くらいからずっとそうですけど。サッカーがあっての生活。サッカーがあっての勉強。サッカーがあっての進路とか、そういう感じです。

ーー ここまでのサッカー人生を振り返ると
あまり過去を振り返りたくないので。「もしタイムマシーンがあったらいつに戻りたい?」とかっていう質問あるじゃないですか。
もう1秒たりとも過去には戻りたくないですね。プロに上がった9年前にもし戻って今の自分と同じような・・それ以上の結果を出せるかといったら出せる自信は無いので。本当運が良かったし、色々な人に助けられて、色々な人の力で自分はここまでなれたと思うので。
自分はサッカーの天才でもないし、メチャメチャうまいというわけでもないので。積み重ねてきて、一歩ずつ一歩ずつきてここまでこれたので・・怖いですね。ゾッとします。もし過去に戻ってあのチャンスに決められるかとか・・そういうことを考えたらね。

ーー スタメン争い
今はベンチですけど、自分が出ていないからには出ている選手が自分より上じゃないと思っているんですよ。だから、出ているからには活躍してほしいですよね。今とかカズマ(渡邉千真)とか凄い点とっているし。やっぱそれは自分も評価しなきゃいけないところだし。やっぱしフォワードは点をとることじゃないですか。それが一番わかりやすいし、評価を誰にでも覆すことができるし十人十色で評価することができるけど、じゃあ結果が出たら誰も結果を消すことはできないし。そこがフォワードのわかりやすい価値だと思いますけど。

ーー 2013年3月23日 鹿島アントラーズ戦で初ゴールを挙げて
11番の李(忠成)が決めたぞと!という想いでユニフォームを指さして・・あとはそのノリで弓を放っちゃいましたけど。僕と言ったら弓矢からなと思って出しました。
受けも狙っていますけど、やっぱゴールをとった喜びを共感できたというのが一番の僕の喜びだし、サポーターもチームメイトもみんなそうだったと思います。

ーー 背番号11
背番号11はエースナンバーじゃないといけないと思うので。FC東京はね!
FC東京の11番を着たいって自分もユースの時に思っていたし、小っちゃい子供の憧れる存在でないといけないと思うので・・どの番号よりも。
それがアマラオっていう・・今は神みたいになっていますけど(笑) そうですね、ヒーローでないといけないと思っています。

ーー 現役生活20年?
20年あれば良いですよね。18歳から38歳でしょ。やりすぎかな、それは。
35歳にしましょう。35歳にはお金持ちになる・・というのが俺の夢なので(笑)

・・とりあえず、絶対ワールドカップ出たいですね! もうここまで来たのなら!
そんな手の届かないところでもないし!
・・ちょっと遠くなっちゃいましたけど。

代表は国を背負うものであって、生半可なもので国旗を背負って試合をすることはどの選手もないと思うので。自分もその1人だったし。

僕が考えているのは、自分はフォワードで、しかも今の代表は1トップなので・・日本人で一番うまいフォワードがそこに立つべきだと思っているので。
そこで1トップでスタメンで出る時とか途中から入る時とかは「日本一のフォワードで俺はここにいるんだ!」という強い自信と気持ちをもって毎試合臨んでいますね、代表の時は。

海外に行く前も、今の自分が果たしてワールドカップに出た時にみんな出るからには優勝狙うって思っているし。じゃあその時に、優勝するチームに俺がいた時に点を6~7点とらなきゃいけないしフォワードとして。
じゃあ俺がいまなれるのかと考えた時に全然足りないなと思って。それだったら海外挑戦してから自分が一皮二皮剝けたら優勝するチームに必要とされるフォワードとして自分がマッチするんじゃないかなと思って海外に行った。もし自分が成長していないなら代表にいる意味がないし。結果を出して代表に入るというのも重要ですけど、自分がもう少しサッカーうまくなれば自分が考えなくても代表が勝手に自分を求めてくれるくらいの選手じゃなきゃ。ワールドカップ行っても結果出せないで終わっちゃいましたじゃ寂しいんでね。

ーー ワールドカップで勝つために
勤勉さとか運動量とか駆け引きの質だったり精度だったり・・あとトラップやパスだったりチームワークだったり。いかにチームとしてコレクティブ(意味:集合的・集団的)にオーガナイズ(意味:組織・編成)されてチームとして動くかっていう。そこを追求すればワールドカップ優勝は夢物語じゃないと思うし。

自分の場合はオフ・ザ・ボールの動きっていうボールを持っていないところでいかに相手と駆け引きしてから裏に抜けるのか足元で貰うのかっていうところを追求しなきゃいけないと思ったので。そこはすごく通用したと思うし。(海外の相手DFに対して)身体をくっつけたらダメだと思うし・・やっぱパワー凄いし。その土俵で戦うんじゃなくて自分の土俵で戦うっていう如何に自分の世界でマッチアップした相手とするかっていうのを毎試合追求しています。

ーー 2013年5月6日 味の素スタジアムで初ゴール
やっととれましたね。これからも、もっともっととりたいと思います。
やっぱ感動しますね。みんなで一致団結というか一体になって何かをするっていうことは良いことだと思うので。

高校生の時から東京ガスから知っているし・・東京ガスの下部組織にいたので。愛着があるというか東京生まれで地元なので。それはもちろん誇りとかは当たり前にあって良いと思うし。

海外は地域密着どころじゃないというか、親子3代に渡ってその(贔屓している)チームに尽くすというか・・一緒に育っている。お爺ちゃんが孫を連れて・・ってそういう文化があるので日本もそうなってほしいし、自分もそうなれるようなサッカーのパフォーマンスを見せたいし。

(Jリーグ開幕から)まだ20年だしね。俺サッカー大好きだし。自分達がサッカーの歴史をつくっているんだ!っていう。正直言って野球にジェラシーはあるし。1桁年俸も違えば、毎日観客が2万人~3万人来ているしってのもありますけど、妬むんじゃなくてそれを築き上げているんだ!っていうのを1人1人が思っていけば、ここから30年経ってJリーグ始まって50年となった時にパッと周りを見たら全く違う景色が見えていたりとかね。

あと、サポーターが素晴らしいのでね、東京は。ビックリですね。ここまで凄いと思わなかったです。まぁサッカーの知識でいえば日本一だと思いますけど、毎試合2万人近いお客さんが来るっていうのも今まで無かったので。それはサッカーやる選手にしては凄く幸せです。

ーー 東京でのタイトルへの想いは?
ありますよ! シャーレ掲げていないっていうのが・・今一番の目標なので、シャーレを掲げるという。そこに自分がいてね、掲げていたらね。
自分がプロ1年目にナビスコカップ優勝してが、自分はベンチ外で・・バスの中で悔しくて試合も見ずにバスの中にずっといた思い出もあるし。下手は下手なりにプライドはあったしね、その時から。やっぱど真ん中でシャーレ上げたいですね、FC東京でね。

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